予言と呪いの微妙な関係3

例えば、誰かが「そんなことしても、上手くいくわけないよ」と親切に言ってくれる。
普通、これはそれだけの話で、予言にも呪いもならない。
しかし、君が無防備で、無条件で信頼し、一緒にいるだけで安心できる人が同じことをいった場合、それはかなりヤバイことになる。
君が無邪気な子供である場合、この危険はマックスになる。
母親が不用意にこの言葉を使うと、致命的になる。
こうして刷り込まれた呪いは、その実現を求めてさ迷う。
母親以外の他人が何気なくいった言葉さえ、呪いはチャンスとばかりにその実現にむけて全力で努力することになる。
では、どうやってこの呪いを解くべきか?
どこかで「あれ、何か変だぞ」と思えれば、チャンスだ。
少し実験してみる余裕があればなおよい。
これは自分で決めたことだから、いつでも自分で変えられるとどこかで思えるかどうかだろう。
実際には、自分では決めていない場合が多い。
強いていえば、自分で決めないと決めているともいえる(人任せにきめている、権威大好き)が、自分で決めないと決めているという風に決められているというのが、真相に近い。