日本市場
欧米列強に追いつけ追い越せと頑張ってきた明治維新以後の100年が過ぎた辺りから、何となく「僕の前には道がないので、引返す」みたいな保守性が台頭したと思う。
追いかけているときは、楽しかったのだが、「現状維持」が目標になってしまうと何とも「元気が出ない」。
全力で、総体として目指す目標がないとは、強烈な「衝動」の喪失ともいえる。
全身を貫く嫉妬を失う。愛の本質が「嫉妬」なら、愛の不毛か?
そういう意味で、「少子化」はほとんど必然だろう。
新しい希望、夢、お手本が存在しない以上、逆に「何をやってもいいじゃないか」とも思えるし「何をやっても同じ事」とも思える。
やる気と無力感は、表裏一体となってしまう。
その場限りの薄っぺらな目標しか存在しないのだ。
個人レベルで言えば、新興国のような「やる気のある人」こそ珍種とも貴種ともいえる。ウルフルズのようなもの。
しかし、国家レベルでの目標は失ったのだ。
国際競争力という抽象的な目標では、誰も「燃えない」。
欧米列強に匹敵するような、新たな国家目標が日本に存在するのかという「存在問題」をまず解くべきだと思う。
存在問題では、どこにどのような具体的な目標があるのかと「特定」することが問題ではない。
どこかに何らかの形で、あるのか無いのかという問題に答えようとするだけのことだ。