バドミントン

ちょっと軌道修正をする。
何となく勘違いする人が多い気がするから。
野球でホームランを「失敗」と断じたのだが、少し修正する。
ホームランが「失敗」なのではなく、野球場をいまより「広くして」ホームランがほとんど不可能であるよう野球場を設計する方がいい。そうすれば、ホームランは今よりはるかに少なくなる。より遠くに飛ばすことは、当然競われていいことだし、それを防ごうとする野手と打者の攻防がまた楽しくなる。
このように設計変更すれば、野球はさらにバドミントン的になる。
スポーツを恋愛に例えすぎると、抑制や禁欲が美徳であるかのように錯覚してしまう。坊主が喜ぶ話をしたいわけでは全くない。そうではなく、全力をつくして、精一杯やっても「終わらない」ということが大事なのだ。セックスしたいならどんどんやればよろしい。ただ、全力を尽くし、精魂尽き果てても、「終わらない」ようにスポーツを設計にするべきなのだ。
スポーツは、確かに真剣勝負が面白い。しかしそれは、スポーツで大事なものが、勝つことであるいうことを意味していない。
真剣勝負であればあるほど、どっちが勝ったんだっけと記憶があいまいになるものだ。
「白熱」である。
勝ち負けがどうでもよくなる地点の名称だ。