介護について9

命の恩人に対して我々は、生きている限り最大限の感謝を感じることになっている。
命を与えてくれた親に対してそれ以上の感謝を感じることになっている。
親には、子供を見捨てる選択もある。
そういう意味で、親は子供に対して絶対権力あるいは生殺与奪権を持っている。
通常この親のもつ権力は、放棄され親は子供を育てる。
もし子供が命の危険にさらされるなら、親は子供を守るためその命を犠牲にさえするだろう。
自発的に、喜んでだ。
これが親の子供に対する無償の愛の中身だ。
もし、この親が絶対権力を部分的にしか放棄せず、子供よりわが身大事を貫き、この条件下で子供をそれなりに育てるとする。
子供にとっては、脅し、脅迫、対価の要求、対人関係の不安という環境で育つことになる。
こうした子供は、「私のように」親の「無償の愛」を経験することはない。
そもそもそのような「無償の愛」の存在自体を知覚できないともいえる。
常に条件付の愛、有限の愛の中でしか判断できない。
男女の愛についても、やはり「ベース」がないので「取引」としか思えない。
しかし、そのおかげで少なくとも親に対して「無限の負債」や「良心の呵責」、「罪の意識」などとは無縁でいられるともいえる。
「介護」は出来る範囲で無理しないでやるだけで十二分なのだ。
「無償の愛」を経験することは、得がたい経験だろうと思う。
それを知らないものにとって、「介護殺人」や「介護自殺」は永遠に「謎」のなのだ。