続アメリカと銃

国家が弱い国では、当然個人が国家の弱さを補完する形で強くなる必要がある。戦国時代に誰もが「武装」したのは、当然だろう。丸腰で「平和」などと言う人は、一番最初にこの世から消えてしまうからだ。自分の土地、生命、財産は自力で守るしかない。個人では限界があるので、コミュニティーで専門の用心棒を雇う場合もある。雇われ保安官。
武装した人々の中で戦国時代を生き抜いた人だけが、武装する権利があり後の負けたあるいは支配される側はそういう権利は剥奪される。暴力装置は支配権力により独占されるのが普通だからだ。
ところが、この理屈がアメリカでは通用しない。戦国時代を武力により勝ち抜いた支配集団というものが、存在しないのだ。民衆を武装解除できるだけの強制力を持った強権的な絶対的な「国家」というものが存在しない。今なお最強の国家であるアメリカが実は存在しないのだ。アメリカの個人主義というのは、アメリカの国家としての弱さを示している。
そういう風に見える。